遠野なんだりかんだり

遠野の歴史・民俗・芸能を色々と

2006-12-01から1ヶ月間の記事一覧

土室 篠権現

遠野物語拾遺56話に登場する社。小黒沢伊豆権現の帰りに立ち寄る。小友町勝跡志増補版及び遠野のお寺とお社の沿革概要によると、葛西の浪士佐々木一族がこの地に非難し、開拓を行い定住(土室開拓の祖)。杉岡如意の戒論により良民となり、正業に就いた際、…

小友町 伊豆権現

小友町47地割字小黒沢にある伊豆権現。小友町勝跡志増補版には次のように記されている。 創建は不明。伊豆走湯山関係の修験者がもたらしたものと言われる。(来内、駒木の伊豆権現と流れは一緒と思われる。)享保8年(1723)、寛政12年(1800)、安政5年…

上郷 駒形神社

上郷町の猫川に架かる赤橋から釜石につながる道路が現在工事中であるが、その橋の南側に駒形神社がある。その取付け道路の脇に取り残されたように、だいぶ疲れた様子の茅葺屋根が見える。源義経が兄頼朝から逃れたコースのひとつ(義経北行伝説)に遠野が含…

不思議な世界

先週末、かねてより予定していたネズミーランドへ行って来た。宿泊先の申込みが遅れたため都内の普通のホテルとなったが、お台場周辺に立ち寄ることができ、日テレやフジTV、ゆりかもめ、レンボーブリッジと子供達は満足した様子だった。私は、その疲れが…

朝日神子

地元の郷土史家菊池照雄氏が「山の怪異と伝承」という論文の中に次の話を載せている。 上郷村の黄金口に長者の家があった。子供は大きくなり夫々独立したが、夫婦は女の子がほしくて3,4歳の子をもらい養女にする。10歳頃の時にこの子が神隠しにあう。この家…

仲町 八坂神社

●遠野物語拾遺63● これは維新の少し前の話だという。町の華厳院に火事が起こり半焼したことがあった。始めのうちはいかに消防に力を尽くしてもなかなか消えず、今に御堂が焼け落ちるかと思う時、城から見ていると二人の童子が樹の枝を伝って寺の屋根に登り、…

附馬牛宇迦神社

この神社は現在、附馬牛小学校の校庭の北、山際にある。細越勝氏の「遠野の神々と民話の里」によると、宇迦神社と称するようになったのは明治維新以後のことで、創建は明らかでないという。当初、附馬牛荒屋の高木氏の先祖が氏神として勧請したものとのこと…

八戸頼母

今日、仕事にて八幡平市平舘まで行き、帰りに市立図書館に立ち寄った。平舘は藩政時代に一時、遠野の飛地となっていた所である。昭和一桁世代の元公務員夫婦のお宅にお邪魔しその話をしたが、地元では知られていない様子。地元郷土史家の何かしらの文献がな…

中妻観音堂

JR釜石線青笹駅の裏側(南側)、早瀬川との間が中妻。ここにこのお堂がある。言い伝えでは、31地割に建っていたが、水害(明治40年かもしれないとのこと)で、集落の墓地と一緒に流失したため、現在地(32地割)に建て直されたもの。このお堂の戸板に次の文…

田屋

「田屋の大杉」 曲り家の千葉家の南側下方、山谷川向かい。綾織町山口の山際にこの大木はある。遠野市指定天然記念物。熊野神社の境内にあり、目通幹回り約7.1m(大人が手を伸ばして5人ぶん)樹高約30m、樹齢約1500年。所有者宇夫方家所蔵文書によると、神…

宮守小沢八幡神社

戸草については、もう少し時間をかけて調べてみたいと思う。(楽しみがひとつ増えた)本日は、小沢鹿込八幡神社。この神社の南東にとらねこさん紹介の宮森館がある。宮守村誌によると、その宮森氏に縁のある神社であることがわかる。この神社の南数百mのと…

戸草八幡宮

金曜日期限ぶんの仕事を昨晩のうちにケリをつけ、本日午前中、例の戸草の社に行ってきた。「遠野旅情と甲斐の国」さんからコメントを頂いていたが確認前であったため画像に納めるべきピントがはずれていることが残念。社の名前が気になっていたことと、周り…

戸草の社

遠野から宮守の中心部へ行くには、かつては国道283を利用し鱒沢経由で行く方法をとっていたが、小峠トンネルができてからは、曲り家の千葉家前経由で行くことが多い。若干時間が短縮される。このトンネルを抜けると、いつも、右手下に宮守観音を眺め、その前…

土蔵の家

国道396を綾織から小峠トンネルを抜けると上宮守に入る。長い坂道が終わる辺りに集落があり、唯一のガソリンスタンドの道路向かいに旧日詰街道がある。上宿-中町-中居-下宿と数百メートルしかない通りに沢山の地名が残る。その中町あたりにこの家がある。…

上郷町佐比内八幡神社

上郷町佐比内21地割川原に、中沢の八幡神社と同じ地理的条件下で、この神社がある。猫川を挟んで南側は宇南田。この佐比内という地域がいつから開かれたのかは知らないが、この八幡様をここに始めに祀ったのは、誰なのだろう?(武士ではなかったろうか?そ…